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 2010年研究実績

 研究実績

「”学び”と”実務”の相互啓発関係 -ある産業用機械メーカーの再生事例をふまえて-」『経済科学通信』第122号

 2010年6月10日(木)~15日(火) CHICAGO BLUES FESTIVAL 2010 REPORT

6月10日(木)
17:30に仕事を放り出して18:00に帰宅、即座に着替えて妻に駅まで送ってもらう。予約済の新幹線ひかり19:10発までに時間があるので駅地下で弁当と塩野七生の本を買う。ビールはプレミアム・モルツを奮発だ!
浜松→東京→船橋・京成船橋→京成成田と乗り継いでホテルに到着した。この乗り継ぎと満員電車にはいささか疲れた。もう日本の大都市には住めない。ホテルは新しくてこれでこの価格なら御の字だ。今日はバスタブにゆっくり浸かって早く寝よう。

6月11日(金) Smokestack Lightning
 7:00に起きてシャワーを浴びた。身支度をして8:15にホテルを出発、8:30には発送してあった荷物を受け取って、無事にグループに合流した。メンバー7人と主催者2人の計9人の陣容だ。チェックインと出国手続きを済ませてサンドイッチの朝食の後に妻に電話をする。友人にメールをしたらすぐに返事があった。うれしいが、職務は大丈夫か?
 飛行機は満席で少し遅れて飛び立った。エコノミークラスはやっぱりキツイなぁ 以前よりはマシになった気はするけれど。映画はチャンネルが多くて観たいチャンネルが頭から再生される。ん~ これは知らなかった。シャーロック・ホームズとハート・ロッカーを観てボケッとしている間にシカゴに着いた。ほとんど寝ることはできなかった。
 入国手続き、荷物の受取も問題なく済んだ。管理官のオッサンが「どこを観光するのか?」と尋ねてきたので「ブルース・フェス」と応えたら「おー それはいい!」とのこと。しかし、本当に指紋やら顔写真を撮るのである。その昔、飛行機の乗り継ぎに間に合うようにいつも走りまくった空港からようやく出ることができて感激する。ホテルまでの移動は黒いリムジン! 10:30にはホテル(Congress Plaza Hotel)に到着したけれど時間が早すぎてチェックインできないため、荷物を預けてまずはフェス会場へ行く。といっても、歩いて5分ほどの近さである。ホテル自体は古いし高級とは言い難いけれど、このロケーションはブルースファンには最高だ。
 フェス会場に入ったけれど、まだ始まっていなくて人もいない。会場を一回りしたけれど当分始まりそうもないし暑いので、まずは美術館(Art Institute of Chicago)の探検に出向く。といっても
、この美術館はフェス会場になっている公園(Grant Park)の一部にある。
 

 入場料は18ドル、結構高いな。館内はやたらに広くて全体が把握できない。そのような中を歩いていると、ゴッホ、ゴーギャン、マネ、モネ、ルノアール、ドガ、ターナーなどに突然出くわす。ゴッホの自画像にはビックリしたなもう。このように印象派は充実しているけれど、ルネサンス関係が見当たらなかった。これは、単にまわり方がよくない結果だと思う。ちなみに、楽しみにしていた日本美術コーナーは改装中で観ることができなった。誠に残念。館内の職員はほとんどがアフロ系のお兄ちゃん、お姉ちゃんである。これもマイノリティ就業支援政策の一環であろうか。

 館内で2時間ほど過ごしてからフェス会場に戻ったら始まっておりました。会場では6~7箇所で常に演奏されているので、ブラブラ歩きながら好きなステージ(またはテント)を観ればよい。各会場は「Front Porch」「Gibson Guitar Crossroads」「Mississippi Juke Joint」などと名付けられていて楽しい。また、3日間の各日もタイトルがあって、11日「Smokestack Lightning」、12日「Spoonful」、13日「Sitting on Top of the World」となっている。このセンスはさすがで、ブルースファンはニヤリとして納得するしかない。

 

 

 

 まずは、Gibson CrossroadsでDave Weld and the Imperial Flames なるバンドを観る。ギタリストがDaveらしいが「地元の中堅」という風情で結構ロックっぽいギターを弾く。途中でステージ前まで出てきて弾いて見せるが、その後トボトボと歩いて帰る後姿が秀逸である。その後、テントで演っているバンドを観るが、相当にイナタイ地元の衆である。しかし、少し離れて聴いていると、これがまた50年代シカゴ・ブルースの音そのものである。いやぁ まったくもって侮れない。少し観ていたら気がついたけれど、ピアノはアリヨさんであった。近くのテントでは、子供がストラトをその気満々で身をくねらせながら弾いて大いに受けていた。そうこうしていたら14:00になったのでホテルへ戻ってチェックイン、エレベーターの中でビールを1箱抱えたお兄ちゃんがいたので「うまそうだなぁ~」といったら、「それじゃ やるよ」といって1本くれた。やはりアメリカ人は親切で立派、慈悲と寛容の国民である。30分でシャワーと着替えをして、もらったビールを飲んで皆さんとBuddy GuyのLegendsへ行く。といっても歩いて10分も掛からない距離である。きれいな店で、ちゃんとマネジメントされている雰囲気である。それもそのはず、移転してから1ヶ月もたっていないらしい。エントランス・フィーは15ドル、ハイネケンは5ドルである。Lurrie Bellが赤い335を弾いていた。音は結構歪んでいるが元気そうである。ベーシストはなかなか抜け目なさそうな人だ。若い夫婦のテーブルに座って話しをしたら地元の人達で生後1年の双子をおいて息抜きに来ている。たまにはこういう時間が必要なんだ、とのこと。まったく同感。途中でヨメさんに引きずられるように帰っていった。2セット目が終わってしばらくしてから店を出たらLurrieがいたので少し話しをしたが、ステージ上とほとんど同じノリでなんともブッ飛んでいる。友達になるのは少し難しそうだ。ホテルに戻って少し休むつもりが1時間ほど眠ってしまった。これで元気になったのでフェス会場に繰り出す。

 メインステージのJames Cottonのセットを芝生に寝転んで聴いていたら、Matt Murphyが登場したので、思わず居住まいを正した。歩くのが少し不自由そうで座って弾いていた。さすがに往年の切れはないけれど、まだ充分にうまい。ちなみに、ボーカルはCharlie Musselwhiteのような気がするが確証はない。このメンバーによるRocket88には感激した。次のSunnyland Slim Tribute BandのZona Youngなる女性シンガーはなかなかのキャリアを持った人らしい。本当にHubert Sumlinは登場するのか、と思いつつ観ていたが21:00を過ぎたのでホテルに引き返した。21:30から皆さんとブルースバー、その名も「B.L.U.E.S」に繰り出した。タクシーで15分ほどで到着した。ここは比較的安全な地域らしい。エントランス・フィーは10ドル、バドワイザーが4ドル、狭いけれどイナタくて好い感じである。今夜はJimmy Johnson、派手さはないがツボを押さえた好い佇まいである。バンドも全員がアフロ系で客も半分くらいはそうである。次に、目の前にあるKingston Minesに移動する。フィーは15ドル、入ったとたんに爆音がするので誰かと思ったらMagic Slimであった。かなり広いハコでタフかつラフな感じである。Slimも座ってレスポールを弾いていた。ステージを降りる時は支えられていた。誰もがそうなっていくんだな。セットが終了してから気がついたけれど、隣にも部屋があって交互に演奏するらしい。部屋といってもB.L.U.E.S.よりもかなり広い。こちらはJoannaなにがしというオバハンでレスポールを弾きまくり、ツェッペリン風あり、オールマン風ありで、なんともアメリカの現場のバンドである。疲れてきたのでタクシーで帰ってシャワーを浴びて1:30頃に寝た。まったくもって充実した1日であった。

 

6月12日(土) Spoonful
 さすがに疲れていたらしく、起きたら10:00だった。たっぷり寝たおかげで元気だ。部屋から高架を電車(実際は気動車)が通るのが見える。いかにもシカゴだ。11:00にロビーで待ち合わせてLegendsのBlues Branchに行く。フィーは18ドル、ブランチ込みだからこんなものか。とはいえ、食べるものはたいしたことはなくて、パン、スクランブルドエッグ、ソーセージ、ベーコンくらいだけれど、コーヒーもあるし、朝食も済ませてなかったのでちょうど好い。そうこうしているうちにJimmy Burnsのセットが始まった。本人は渋めだけれど現役感バリバリ、少し甘いクリーントーンに若手オーバードライブ・ギタリストというお決まりのバランスも好くてサスガである。普段イメージするシカゴ・ブルースそのもので安心する。そうこうしていたら、「Buddyが来ている」という情報が入る。「あれをご覧と指差す彼方」に目を移すと、それらしき白いベレー帽がエントランスのあたりをウロウロしているではないか。「これは凄い」と眺めているうちに見えなくなってしまった。遠目に見ただけでもメッケものと思い、隣のオッサンと話をしていると「あれっ まだいるぞ!」、「ん~ これはもう行くしかない」と、覚悟を決めてエントランスに突進する。するとカウンターの中に御大がいるではないか!

 

「失礼いたします。私は日本からMr. Buddy Guyに会いに来たです。つまり、あなたです!」

「へ、へ、へ、へ」
「今まで、日本であなたを3回以上見たです。最初に見たの時は30年以上前でJr. Wellsと一緒でした」
「オー イエー」
「私はここにあるのCD買います。でも、これ持ってる。それ持ってる。どれが一番好いですか? おっ! あれが新しいのですか?」
「オー そうだ。Ericやらなんやらと一緒に録ったんだ」
「オー それは凄い。私はそれを買うです。いくらするですか?」
「16bucksだ。サインは欲しいのか?」
「だから、買うであります。そこのところ、トミー江と書いてください。T、O、M、M、Y」
「あー? T?O?M? なに?」
「いや、だからTOMMY! これは英語です」
「なに? お前は日本人ではないのか?」
「これは私の英語名です」
「オー そうか。トーキョーから来たのか?」
「はい、そうです。本当は違うけれど、トーキョーは誰も知っているので、私はいつもトーキョーと言うとるです。これは簡単です」
「ははは、そうか」
「今日、お会いするは大変嬉しかったです。日本に帰って友達に威張るできます」
「へ、へ、へ、へ」

 「シカゴに来た甲斐があった!」と興奮さめやらず、ホテルに戻ってビールで心を落ちつかせて13:30ころにフェス会場へ行ったら、ちょうどSugar Blueが始まるところだった。バンドがプレイを始めるとメンバーはかなりの腕達者であることがわかる。なかなか今風の音とリズムである。ベーシストは小柄な女性で6弦ベースを弾きこなしている。かなり場を温めてから、いよいよSugar Blueの登場でハープが聴こえ始める。しかし、姿が見えない。あれれ、と思っているとステージ前の群衆の中を吹きながら歩いている。別に、煽って盛り上げているわけでもなく、本当に淡々と「ゆっくり歩いている」のである。ステージに上がって、ひとしきり吹きまくる。とにかくカッコよくてうまい。その音とフレーズはほとんどシンセサイザーに聴こえるときがある。ボーカルもしなやかで才能が半端ではないことが理解できる。バンドもかなりフュージョンに近いプレイもあるが、Sugar Blueのブルースに対する思いと先輩ブルースマン達への尊敬の念がブルースの範囲に留まらせているのだと思う。最後はHoochie Coochie Man、Miss you 、Messin' With the Kidの3連発で終わった。Miss Youは、あのテーマフレーズがなければ曲が分からないくらいのファンク、Messin'も同様でウラに入るキメが強烈でなおかつハープ・ソロのコードが展開していく凄さである。今までブルースを続けてきて本当によかった、演ってきた甲斐があったとつくづく再確認して思わず目頭が熱くなった。とにかく最高! 隣にいた地元のいかにも下町風情のオバチャンが話しかけてきて、メンバー全員の名前を教えてくれた。いつもどこそこの店に出ているので「アタシャよく行くんだ。I got blues everyday!」と申しておりました。このブルース・フェスは主催者に市長の名前が入っているので、行政がかなり力を入れているのがわかる。地元の人達も楽しんでいる。「シカゴの人達が心からブルースを愛していて、ブルース文化を誇りにしているのが伝わってくる」などというと、大喜びするので面白い。でも、本当のことだ。

 

  ブラブラして一度ホテルに戻ったら例のごとく寝てしまった。19:30ころにメインステージへ行ったら次々とゲストが出て演奏していた。John Primerはなかなかトラディショナルで、ハープのBilly Branchが加わるとまさにシカゴ・ブルースそのもの、なるほどLiving Historyだけのことはある。ちなみに、Primerの発音はプライマーよりもプリマーに近いようだ。Lurrie Bellは相変わらずの下品さでCarlos Johnsonは爆音であった。少し寒くてパーカーを着ていてちょうど好かった。後で聞いたら、夕方に雨が降ってかなり寒かったらしい、ホテルで寝ていて正解であった。
 21:30からブルース・バーRosa'sに繰り出す。フィーは15ドル、今夜はなんとSugar Blueだった。おーそうか、と思っていたら本人やらバンドのメンバーが店の中をごく普通にウロウロしている。女性ベーシストはどう見ても「普通のまっとうな人」で、どうしてこのような道に入ってしまったのか、訊ねてみたいものである。Sugar Blue本人にも挨拶したが、最低限の返事だけであまり口数が多くないようだ。周りの人にもそのようなので安心した。セットリストは今日の午後とほぼ同じ、登場の仕方も同じで、店のカウンターあたりから吹きながらステージに向かう。例によって派手なアクションはないため、友人と話しこんでいた女性がフト反対側を見たらSugar Blueがハープを吹きながら立っているので、驚愕のあまり目を丸くしていた。しかし、私のようにシカゴ生活が長いとそのようなことはないのである。横にいたオッサンはニューオリンズから時々シカゴに来る人らしい。とにかく、「ニューオリンズの音楽と食べ物は最高だ」と力説しておりました。おまけに、「ブルースは構成がシンプルな音楽で云々」と講釈を始めるので、「私は日本のブルース・ギタリストである」と豪語したところ、「おー そうか、いやぁ そう思っていた」などと調子は好いが、サインは求められなかった。お互いの仕事の話を少ししてからLegendsに河岸を変えた。またまた、Magic Slimであった。途中でBuddy Guyが出てきて1曲唄ったがギターは弾かなかった、誠に残念である。2セット観て歩いて帰ってきたら2:00を過ぎていた。そういえば、Buddyが「Today, many people told me, I came from something and s
omething. Too much something, man!」などと申しておりました。

 

6月13日(日) Sitting on Top of the World
 9:00過ぎに起きて10:00くらいから公園の中を博物館(Field Museum of Natural History)まで歩いていった。何分にも自然史博物館なので動植物、世界各地の伝統文化が主で、子供が多い。展示内容はしっかりしているので伝統文化コーナーなどは時間を掛けて見ても損はない。帰りはミシガン湖沿いを歩いてフェス会場へ向かった。整備と清掃が行き届いてちょうど好い散歩コースだ。ジョギングや自転車に乗っている人が多い。そういえば、Sara ParetskyのV.I.Warshawskiシリーズの舞台がシカゴであったことを思い出す。フェス会場に近付くに従ってブルースが聴こえ始める。こういうのは最高だ。ちょうどGibson CrossroadsでCarl Weathersbyが演奏していた。伝統的なブルースだけではなく、ファンクあり、Major7thオシャレ風ありで、さすがに上手かった。My Girlをレゲエで演ったのには笑えた。我がロケット商会とはアレンジは異なるが、やはり戦略は間違っていないのだ。会場をブラブラしていたら、Bobby Rushの最後の数曲だけ観ることができた。少人数のブルースバンド・スタイルでブラスセクションはもちろん、キーボードもないので相当ショボかった。まぁ それも雰囲気で好かったけれど。雨がパラついてきたので、ホテルへ戻ったらやはり寝てしまって、19:00過ぎに会場へ行った。
 メイン会場でChicago Blues Reunionが始まっていた。ギターはHarvey Mandelで、予想したとおり、自分の曲になるとライトハンド奏法やらタッピングはやるわで、ブルースとはいえないけれど現役感いっぱいで嬉しくなった。ハープはCorky Siegelという人で寡聞にも知らないけれど無難なシカゴブルース・スタイルである。それから、Charlie Musselwhiteが加わったりしていたら、ついに御大Sam Layがコテコテの衣装で登場した。Mojo Workingが始まって会場が盛り上がったら、James Cottonまでもが現れて会場は一気に沸騰した。実に幸せな気分になる。

 

 

 6月14日(月)
 6:30に予定とおりモーニング・コールが鳴ったが6:00くらいには目が覚めていた。気分爽快! 荷物をまとめてロビーに降りてチェックアウトをした。今度は白いリムジンで空港に向かう。やはり、ラッシュ・アワーらしくて往路よりもかなり時間が掛かった。チェックインと厳しいセキュリティを無事に通過してから、サブマリン・サンドを食べた。相変わらずデカい、お腹がいっぱいになった。機内では落語とジョンQを観て少し眠った。定刻より少し遅れて成田空港に到着した。成田EXPと新幹線ひかりを乗り継いで18:30には何ごともなく浜松に帰還した。いやぁ 楽しかった。こういうこともないと人生はやっていられないことを実感した。また、いつの日にか行こう。あるいは、次回はニューオリンズか。